もう始まるのか

聖香さん事件と裁判員制度 – モトケンブログ

とすると、弁護士的には、このような報道の裁判員に対する影響が懸念されるところではあります。

 しかし、その一方で、私の中の父親(ないし、近い将来になる可能性のある祖父)としての気持ちの中には、この報道が正しいなら法定刑の上限の刑を言い渡してやりたいという思いがあることも否定できません。

 つまり、報道にはそのような力があるわけです。

難しい問題だなあ。離れてみるとこういうセンセーショナルな、しかも何とも心の痛む事件の報道は最後まできっちりやってほしいと思う面もあるし、かといってマスコミが発表する情報は基本的に大本営(検察・警察側が恣意的に漏らした)発表であり、ましてやセンセーショナルであればその部分を強調するであろうこと、被疑者にとっての真実を述べられる瞬間は裁判を受けるそのときまでないことを考えると、予断を持って裁判に挑む一般の人が正しい量刑を決められるのかという話になる。
裁判員制度はほんとどうなるんだろうなあ。アメリカの陪審員でも最近は陪審期間中に携帯とかで情報を見てることがあるらしいし。詮索好きな日本人がしないわけないだろうと思うと、先行きがますます慮られるなあ。